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法政大学非公認サークル
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<実験理念>

  民俗学的に「カッパ」を解釈するならば、異形の者、超常現象への畏れ、であったという。

科学が発達する前、我々の祖先にとっては、みたことのない動物や人間、人間の力では

どうすることもできない自然現象(日照り、水害など)は未知なるものであるがゆえにただただ

恐ろしい存在であった。全国各地に残る「カッパ伝説」は例えば、水のコワさや豊かさを象徴する

ものとして語り継がれている。

 しかし、現代に生きる我々は、こうした伝承を笑いとばすことはできない。自分にとっての「常識」を

超える事象に目をつぶったり、自分たちと異なるタイプの人々から距離をおいたり差別したりして

しまっていることが往々にしてないだろうか?

 そこで、嗚呼!!情熱実験つみつくりでは、日常『実験主義』をスローガンとしている以上、新人たちは

「周りの目」「自分たちにとっての常識」というワクに縛られていては、「ものは試しだ」という

自由な発想・行動がとれない。「カッパを探しにいく」という「非常識」な行為を通して

己の「常識」を解体してみよう。

 

 <方法>

 カッパが出るという沼へ探索に行き、

カッパの好物のキュウリなどを用いカッパをおびき寄せる。

 

 <実験地>

茨城県牛久町牛久沼畔三日月橋、現地集合。

 

 <実験経過>

 つみつくりは雪女や座敷わらしといった「未確認生物探索」には伝統がある。

カッパを探すことになり調査した結果、

茨城県の牛久沼に江戸時代に
カッパが現れた伝説が残っており、

現在でも「カッパの郷」としてカッパの銅像まで建ててしまっているという

トンデモない場所があることがわかった。

 
 

 ●ペットボトルのイカダを制作!●

 カッパは、かつては沼によく現れたが開発が進み沼に人の手が入るようになった近頃は話をきかなくなった。

このため、モーターボートではなく原始的なイカダで沼に入ればカッパの警戒心もとけ姿を現すだろう。

そう考え、飯田橋中の居酒屋を回り、ペットボトルを大量に集めた。

それでも数十個にしかならなかったため、


駅のゴミ箱や、電柱のネコよけ用のものまでもらいうけた。

ペットボトルをハリガネでゆわえたものを3層にして1m四方のベニヤ板で挟みこんだ。

 

 ●外堀でイカダ・タイタニック!●

   
 完成したイカダを外堀で試乗することに

 ところが浮くことは浮くがきわめて

 安定性に欠けていて、手で漕ごうとすると体重がかたより、

 ザブンザブンと何回も転覆してしまう。

 そこで長めのオールを作成し、

 中心から少しも動かないように漕いでみると、

 なんとか浮いていられた。

 と、堀の横を中央線の電車が通りかかり電車の乗客が、

 堀にイカダと人が浮いているのを見て驚いていた。




 

 ●カッパで町おこし!牛久●

  

外堀の緑色の液体まみれのイカダを手にして

常磐線に乗り、一路牛久沼へ向かった。

たしかに、牛久沼湖畔にはカッパの石碑や銅像が並び

なんとカッパ祭なるものまで行なわれることがわかった。

ここならカッパに会える!と確信して、日が沈むのを待ち、

沼へ注ぐ上流の川からイカダで流れていき、

現地集合手段がイカダ、という記録を達成。

しかし時間が過ぎているのにカゲロオの他は会員はいない。

まずはキュウリを沼べりに置き、

ザルにつっかえ棒という古典的なワナでカッパを待ったが、カッパも現れない。

 

 

 

 ●カッパの格好で沼へ入る●

 

  しばらくするとなんと東京から原付でウナ丼が登場。

 今度は二人で黄桜を呑んで宴会をし「カッパッパー」と踊り

 カッパをおびき寄せる事に。ケツの間にキュウリを挟んだり

 して「雌カッパ」のふりをしてみたが、カッパは現れず、夜に

 
寝袋に入っていたら茨城の暴走族が通りかかっただけだった。

 翌朝、カッパの格好で沼へ入ればさすがにカッパも寄ってくる、

 と考えてカゲロオが裸になり頭に皿を載せて、沼にイカダで

 入りカッパ捕獲への最後のチャレンジをした。


 

 

 

 <実験結果>

 

たくさんの釣りをしている人やボートのカップルが笑いころげて指をさす中、

イカダは沼の中心へ向かって進んでいった。

子供達が石をなげ、

観光客にカメラを向けられてしまった。

これでは、カッパの目を引くためにやっているのに、

我々が注目されて単なるさらし者になって
しまっているみたいだ。
 
「己の常識を解体する」あまり、人から常識を疑われて笑いものになる、という結果となってしまった。

「幸せの青い鳥は隣にいた」みたいな話で、

カッパという「異物」は自分たち自身だったことを悟った。

 
 

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